須賀光一 プロフィール

【非常勤講師】 須賀 光一

昭和22年8月27日生まれ(66歳)。
大学卒業後、大成建設に入社。当時一部上場の会社に入るのはエリートコース。 入社2年間は社員扱いにならず、社員補と呼ばれる。ボーナスもない、退職金も出ない扱い。

3年たつと遡って社員になるシステム。1年間は仕事らしい仕事も与えられず、 図面のコピー焼きや電話番が主な仕事。新入社員は200~250名が毎年の人数。

先輩から「5年分の人数、ここまでは追いつける。マラソンと同じでトップでなくても良いがトップグループに付いていけ!」と言われました。入社当時したことは朝6時位に会社に行き事務所の清掃をしました。8時には仕事が自動的に始まる職場でした。

夜は課長が8時頃帰るので仕事が無くても8時までは事務所にいなくてはならない毎日です。
当然残業も付かない毎日です。タイムカードもありません。サービス残業と言われる今の時代には考えられないことです。

「この会社に入りたい人は沢山いる、いつ辞めても良いよ。」という、今で言えばいじめの言葉が平気で言われる時代でした。

私の主な仕事は、図面のコピーを本社の地下にあるコピー室に持って行って焼いてもらうことでした。私は分室にいましたので本社の地下室まで走っ ていって順番を立ったまま待ってました。ほとんどの女子がその間たばこを吸ったり、時間がかかるときはお茶を飲みに行ったりしています。

そんなとき、コピーを焼いてくれる方が手招きで私を呼び、順番が一番になるという経験をしました。私にコピーを頼むと信じられないくらい早いという事が起こりました。その時、人の気持ちが し解るようになりました。

入社6年後父が動脈瘤で倒れ大成建設を退社し、今の上野の会社に戻り、最初は洋品店を遣りました。大成を辞めるとき、上司に言われたのが「仕事より親を大切にしろ」でした。辞めることは怖かったのですが、その言葉で踏ん切りが付きました。

その後、色々細かいことはありますが、現在の飲食店を経営するようになりました。土建屋がアパレルなんて遣れるわけない。アパレルを遣っている 人間が飲食なんて不可能。お手並み拝見といきましょう。こんな言葉の中で、仕事を変わってきました。仕事を変わる時は、「嫌で仕事を辞めたことは一度もな いこと。」「他の人がやっているのだから、出来ないはずはない。」この二つのことです。

もう一つ大切なのは、良い仲間に囲まれて大切なアドバイスを頂いた事です。良い人との出会い、これが人間を成長させる重要なことです。「お陰様で」という言葉を大切にしています。

9年ほど前に佐藤康行のセミナーと出会い、受講をスタートする。

佐藤康行に出会う前から、このようなものを求めてやってきたが、現実問題できていませんでした。しかし、このセミナーは、雲までいって跳ね返る感覚に入り ました。「松下幸之助のような天才はできても、普通は無理だ」と思っていました。何かを学んだわけではないが、そこに行きたいなという思いはずっとありま した。

現在も、自社の社員教育にこのメソッド、佐藤康行直伝セミナーを社員全員に継続して導入し、それ以降、お陰様で受講した瞬間に、前年対比毎月プ ラス200万円となり、その後、また受講し、さらにプラス500万という売上を上げることができました。レストランという、客席が限定されている中で、異 常の伸びと言える売上。

そしてメンタルパワーズに出て感じたことは、佐藤康行の総論を、現実的に手足に落としていく時にそれを明快に解決してくれる。例えば、「●●に〇〇を売る」という結論は何となく分かるが、「じゃあ、一体どうすればいいのか。」という各論は分からない。

そのような多くの方に「それをこうやればできますよ」というのを明快に応えてくれる。
サンタ営業を学んでいる方にとって最高、僕の感覚としては、野生の世界での生き方をメンタルパワーズは教えてくれています。

このメカニズムの素晴らしさを知り、現在、それをお伝えするお手伝いとして講師を務めさせていただいております。一人でも多くの方に素晴らしい人生を送って頂けるきっかけになればという思いでセミナーを開催させて頂いております。




“須賀光一 プロフィール” への1件のフィードバック

  1. 田村大任 より:

    お話を聞かせていただける事を、楽しみにしています。

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